骨はどのようにして造られるのか 後編

「カルシウムと工藤先生の深い関係」

テニスと神経科学をこよなく愛する、工藤佳久先生。
3Aカルシウム」をきっかけにご縁をいただいてから、もう数十年のお付き合いになります。実は工藤先生、世界で初めてカルシウムイオン濃度を可視化(カルシウムイメージング)したという、神経科学界のレジェンド的存在。
そんな工藤先生が、今回は少し肩の力を抜いて、「カルシウム」の世界を語ってくださいます。研究の第一線で活躍する先生だからこそ伝えられる、ユーモアと深みのあるコラムです。ぜひお楽しみください。

硬い骨で組み立てられた身体がしなやかに動く仕組み

このコラムの始めにカルシウムは極めて反応しやすい物質で、私達の身体のほとんどすべての臓器や細胞の機能に必須だと述べました。

実は、身体全体のカルシウムの99%が、骨を造るために使われています。ダイナミックな筋肉の動きや脳神経の活動に必要なカルシウムは、残りの僅か1%がベースとなっています。

この微量なカルシウムの働きは、このコラムで追々説明します。今回は、私達人間が強力な重力が存在する地球上で歩いたり、走ったり、跳んだりするために必要な骨格と骨について考えてみましょう。

これは誰でも実感できますが、207個ものパーツになっているとは驚きです。実は産まれたばかりの赤ちゃん骨の数は300個ぐらいあります。いくつかの骨は成長の間に融合して、207個になります。

骨の性質を理解するために、207種の中で一番大きくて丈夫な足の骨、「大腿骨」の仕組みを見てみましょう。全ての骨の硬さと強さは、カルシウムとリン酸が結合したハイドロキシアパタイトという、きわめて堅い組織によって作られています。

図2は、大腿骨の上部(腰に関節を造る部位)と下部の断面図を示したものです。上部の関節を造る部位は硬い表面骨ですが、その内側は穴だらけのように見えます。

この部分は海綿(カイメン)骨と呼ばれます。この頼りなく見える海綿骨は、加わる力を分散させる効果があり、骨への負担を少なくするという機能があります。

一方、同じ大腿骨の長い部分は管状で緻密骨とよばれ、最も堅牢な骨です。


この図に書き込んだとても重要な事実について、少し述べておきます。大腿骨のような管状骨の中心部は、骨髄とよばれる特殊な構造になっています(図2)。

実は、ここでは私達の身体を駆け巡る血液の主要成分、赤血球、白血球、血小板などが造られているのです。因みに骨にも血管が張り巡らされています。骨は生きているのです。

骨を造る細胞、骨芽細胞の健気な働き

骨を造るための主役は「骨芽細胞」と呼ばれる細胞です。この細胞には重大なミッションが二つあります。

骨芽細胞の第一ミッション(M1)は骨の枠組み形成のためのコラーゲン造り

骨芽細胞の仕事は、骨の形を整えるための足場としての「コラーゲン」を製造し、細胞の外側に分泌することです。

「コラーゲン」は柔軟で丈夫な組織を作る上で、重要なタンパク質です。骨、皮膚、腱などに使われているコラーゲンは、I型コラーゲンと呼ばれます。

一方、骨と骨の間に位置して関節クッションのような働きをする軟骨を造るコラーゲンは、Ⅱ型と呼ばれます。

それだけもコラーゲンが柔軟で丈夫な組織を構成するために重要な物質であることがわかりますね。

骨芽細胞の第二ミッション(M2)は骨の原料、リン酸カルシウム造り


骨芽細胞のもう一つのミッションは、骨の原料であるリン酸カルシウム結晶を、必要とされる場所で造ることです。

この仕組みの科学的解明には、かなり時間が必要でした。たとえて言うならば、大きな鉄の骨組みの上にコンクリートを被せてつくるビルディングのようなイメージです。

この重労働を成し遂げた骨芽細胞は、3ヶ月ほどで寿命がつきます。そうすると自身もリン酸カルシウムをため込んで、コラーゲンに塗り込められるのです。骨芽細胞は、なんと壮絶で感動的な一生を送っているのでしょう!

さてここで、また新しい問題が見えてきます。まるで鉄筋コンクリートのようなこの骨で造られた構造物が、どうして成長に応じて太く、長くなっていくのかという疑問です。私が経験した、ある日身長が伸びていることに驚いたあの現象は、骨ではどのようなことが起こっていたのか、ということです。

監修

工藤佳久 先生

1964:名古屋市立大学・薬学部卒 
1964-1968:興和株式会社東京研究所勤務(名古屋市立大学、和歌山医科大学、大阪市立大学・医学部へ国内留学) 
1968-1978:名古屋市立大学 薬学部 助手、講師、助教授 
1978-1995:三菱化学(三菱化成)生命科学研究所 主任研究員、脳神経薬理学研究室・室長、脳神経科学部・部長 
1995-2005:東京薬科大学・生命科学部 教授 
2003-2007:特定領域研究「神経グリア回路網」総括班長
【著書】「神経生物学入門」 (朝倉書店、2001年)、「神経薬理学入門」(朝倉書店、2003年)、「生命学がわかる」工藤・都筑共著(技術評論社、2008年)「改訂版 もっとよくわかる!脳神経科学」(羊土社2019)など