世界で初めてカルシウムイオン濃度を可視化(カルシウムイメージング)した、神経科学界のレジェンド的存在、工藤佳久先生のカルシウムのコラム。
人間の身体はおよそ37兆個の細胞で構成されていると言われています。必要な場所で必要な数だけ生まれ、それぞれに与えられた役割を果たしながら、一定の寿命を迎えると新しい細胞へと入れ替わっていきます(神経細胞だけは例外です!)。
骨はリン酸カルシウムを主成分とする硬くて丈夫な組織ですが、骨そのものは細胞ではありません。骨は「骨芽細胞(こつがさいぼう」と呼ばれる骨の材料を提供する細胞の働きによって造り出されるのです。骨芽細胞は、日々私たちの体の中で新しい骨をつくり、骨の健康を支える重要な存在です。今回は骨芽細胞の見事な働きに注目してみましょう。
この骨芽細胞には二つの重大なミッションがあるのです。
骨芽細胞のミッション、その1:骨の枠組み形成のためのコラーゲン造り。
骨芽細胞のミッションの一つは骨の形を整えるためフレームとしての「コラーゲン」を造ることです。僅か3種のアミノ酸を規則的につなぎ合わせて造られます(註1)。骨芽細胞に限らず、どの細胞の外側も内側も脂質がくっつき合った構造になっています。水に溶けた状態の分子は入り込めません(註2:脂質二重膜 )。そのため細胞が必要な物質を取り込むためには特別な仕組みを使う必要があります。アミノ酸を取り込む場合は特定の輸送システムが使われます。こうして取り込まれたアミノ酸が遺伝子の命令でつなぎ合わされ、目的のコラーゲンが造られます(図右)。造られたコラーゲンは濃縮されて細胞内の小さな袋(小胞体と呼ばれます)にため込まれ、やがて骨芽細胞膜に融合し、細胞の外に分泌されます(図右)。分泌されたコラーゲンは細胞外空間で他のコラーゲンとくっつき合い丈夫な紐構造をつくり、骨の土台になるのです(図下部)。
コラーゲンは線維芽細胞や軟骨芽細胞でも造られ、分泌され、皮膚や腱などの材料や、骨と骨の間(関節)に配置されクッションのような働きをする軟骨の材料になります。
骨芽細胞の図

骨芽細胞のミッション、その2:骨の原料、リン酸カルシウム造り。
骨芽細胞のもう一つのミッションは前回に述べた骨の原料であるリン酸カルシウム結晶(ヒドロキシアパタイト)を造ることです。骨芽細胞の外側は体液で被われています。
この体液にはカルシウムイオン(Ca2+)もリン酸イオン(PO43+)もたくさん含まれています。また、骨芽細胞にはこれらのイオンの専用通路(イオンチャンネル)(図左側、青色がカルシウムイオン、赤色がリン酸イオンのチャンネル)が用意されていますから、カルシウムイオンもリン酸イオンも容易に取り込まれます。けれど、骨芽細胞に入りこんだカルシウムイオンは細胞内に存在する小胞体とミトコンドリアに積極的に取り込まれてしまいますので、量が少なすぎてリン酸カルシウムを造ることはできません。では、骨芽細胞の最重要ミッションであるリン酸カルシウムはどのようにつくられるのでしょうか?
骨芽細胞はとんでもない裏技を使って、着実にリン酸カルシウムを効率よく作っているのです。
この裏技に使つかわれるのが、「基質小胞(きしつしょうほう)」と呼ばれる直径0.2μm以下の小さな袋です(図 中央赤枠)。この袋は骨芽細胞の細胞膜からつくりだされ、骨芽細胞の外側にどんどん供給されます。この袋の中ではびっくりするほど簡単な方法でリン酸カルシウム(ヒドロキシアパタイト)が造られ、ついには破れて、沢山のリン酸カルシウムを放り出します(図 中央の1,2,3,4,5)(註3:参照)。
まとめ
- 骨は骨芽細胞によって造られ、体内で常に新しく作り替えられている
- 骨芽細胞の役割①:骨の土台となるコラーゲンを合成・分泌する
- 骨芽細胞の役割②:基質小胞を利用してリン酸カルシウム(ヒドロキシアパタイト)を効率的に生成する
- コラーゲンの枠組みにリン酸カルシウムが結合することで、丈夫な骨が完成し、骨芽細胞自身も最終的に骨の一部となる
骨芽細胞の図について
骨が造られる工事現場を覗いてみました。この図では左半分にコラーゲン生成を、右半分に基質小胞のヒドロキシアパタイト生成を表しています。この二つの機能は基質細胞全体で同時に進められています。骨が造られる現場では沢山の基質細胞が集まって活動しているのです。
註1:骨コラーゲンに使われる材料はグリシン、プロリン、ヒドロキシプロリンと呼ばれる三種のアミノ酸です。グリシンは最も小さなアミノ酸で、直線部分に使われます。一方、特殊な五角形のアミノ酸であるプロリンとプロリンに水酸基(OH)が付いたヒドロキシキシプロリンが組込まれるとすこし曲がりが生じます。これらのアミノ酸が遺伝子の命令に従って規則的につなぎ合わされると螺旋形の丈夫な紐状のコラーゲンが出来上がります。
註2: 脂質二重膜は私達の身体を造る全ての細胞の表面です。親水性の頭部と水をはじく「疎水性の尾部」を持つ分子が、水中で脂質同士がくっつき合い、2層構造構を造っています。そのため、脂に溶ける物質やガス(酸素や二酸化炭素)は自由に通過できるのですが、水溶性物質は通過できません。水に溶けたカルシウムイオンリン酸イオンなどのイオン類やアミノ酸など分子が細胞膜を通過するには細胞膜に組込まれた特殊なタンパク質(イオンチャネル、アミノ酸輸送分子など)が必要なのです。
註3:骨芽細胞では図1中央部(赤枠に囲まれた部位)に示すように細胞膜の一部が外部に向けて突き出します(1)。まるで植物の芽のようです(骨芽細胞のネーミングの基かも知れません)。やがて、適当な大きさになると根元の部分を閉じて袋が造られます(2)。そして細胞の外の骨製造工事現場に放出されます(3)。放出された基質小胞は骨芽細胞の一部ですから、その膜表面には骨芽細胞の膜に発現しているのと同じカルシウムイオンチャンネル(青色)とリン酸イオンチャンネル(赤色)が発現しています。出来たばかりの基質小胞内側のカルシウムイオンは空っぽに近い状態ですから、細胞外のカルシウムイオンとリン酸イオンは濃度差に従ってどんどん狭い基質小胞に入りこんできます(4)。狭い場所ですからカルシウムイオンとリン酸イオンは効率よく互いに結合し、ヒドロキシアパタイトを造ります。結晶化したリン酸カルシウムはイオンではありませんから、細胞の外と小胞のイオン濃度差は何時までも維持され、次から次に基質小胞内に入ってきます。基質小胞の中でリン酸カルシウムの結晶は増えつづけます。やがて、基質小胞の膜は耐えられず破れてコラーゲンにくっつき骨をくるのです(5)。
監修
工藤佳久 先生
1964:名古屋市立大学・薬学部卒
1964-1968:興和株式会社東京研究所勤務(名古屋市立大学、和歌山医科大学、大阪市立大学・医学部へ国内留学)
1968-1978:名古屋市立大学 薬学部 助手、講師、助教授
1978-1995:三菱化学(三菱化成)生命科学研究所 主任研究員、脳神経薬理学研究室・室長、脳神経科学部・部長
1995-2005:東京薬科大学・生命科学部 教授
2003-2007:特定領域研究「神経グリア回路網」総括班長
【著書】「神経生物学入門」 (朝倉書店、2001年)、「神経薬理学入門」(朝倉書店、2003年)、「生命学がわかる」工藤・都筑共著(技術評論社、2008年)「改訂版 もっとよくわかる!脳神経科学」(羊土社2019)など