世界で初めてカルシウムイオン濃度を可視化(カルシウムイメージング)した、神経科学界のレジェンド的存在、工藤佳久先生のカルシウムのコラム。
カルシウムは凄い!
シドニー・リンガー先生のお陰でカルシウムが生命を維持する上で重要な要素であることが明らかにされました。カルシウムの役割はこれまでのコラムでお話しした、丈夫で安定した骨組織の中心物質としての役割とは全く異なるダイナミックな働きです。心臓を動かすばかりではなく、骨格筋の収縮や視覚、嗅覚、聴覚、味覚などの感覚、さらにはホルモンの分泌、脳の情報伝達など、私達の身体のダイナミックな活動を引き起こす中心物質、「生命の引き金」として機能しているのです。その一つ一つが驚くほど見事な仕組みになっています。このコラムではその機能のいくつかについて紹介しますが、全貌を解説し尽くすことはとてもできません。しかし、これまでに述べた骨の形成と維持の仕組みとは全く異なったカルシウムの凄さを知り、「カルシウムは凄い奴だ」と認識していただくための手がかりになると思います。
細胞の外側のカルシウムの量
私達の体内には、広く張り巡らされた血管と、絶え間なく活動する心臓の働きによって、酸素や栄養が供給されています。この血液の中に酸素や炭酸ガスを運ぶ赤血球、免疫機能に必須な機能を持つ白血球、血液が血管外に漏れ出すのを防ぐ血小板などの細胞が身体中を巡っていることは、中学校の理科の教科書に詳しく解説されています。血液の主成分は水です。この水のお陰で、赤血球、白血球、血小板が身体中を巡ることができるのです。この水には身体が必要とするブドウ糖、アミノ酸などの栄養素や多様な細胞の活動に必要なカルシウム、ナトリウム、カリウム、塩素などの物質が溶け込んでいます。さらに、水分を血液に引き寄せる物質として、アルブミンというタンパク質(血管内に水分を留めておく「膠質浸透圧」を生み出す物質)も含まれています。これらの物質を含む水分は「血漿」と呼ばれます。
動脈の最も細くなった部分(細動脈)では強い血圧によって、血漿の水分と共にカルシウム、ナトリウム、カリウムなどが血管の外にある体液(細胞外液と呼ばれます)に移動します。逆に細静脈からは細胞外液が血管内の浸透圧によって取り込まれる仕組みがあり、細胞外液と細胞内液の量のバランスが保たれているのです。これは栄養素の取り込み、代謝物や老廃物の排出の仕組みとして機能しています。
前置きが長くなりましたが、今回のコラムの主役である細胞の内側と外側でのカルシウムの濃度差についてお話しします。まず、細胞外液のカルシウム濃度は常に厳密に、血液100mlあたり9~10mgという範囲に保たれています。この血中カルシウム濃度の安定化には、コラム「骨の成長と新生のために活躍する破骨細胞」で紹介した副甲状腺ホルモンが重要な働きをしています。副甲状腺は血液内のカルシウム濃度を感じとり、その増減に応じて、副甲状腺ホルモンの分泌量を増やしたり、減らしたりすることで、血中カルシウム濃度を厳密に保っています(コラム「骨の成長と新生のために活躍する破骨細胞」参照)。

細胞の外側と内側のカルシウム濃度のビックリするほど大きな差
それでは細胞の内側にある液(細胞内液)のカルシウム量は、どのくらいに保たれているのでしょうか。これが信じられないほど微量、何と、細胞外液の約1万分の1以下しかないのです!つまり、ほぼ0に近い状態です。コラム「骨を造る細胞、骨芽細胞の力強い働き」でカルシウムを取り込んで骨組織を作る骨芽細胞について解説しました。実はこの細胞でもカルシウムをどんどん取り込むのは、「基質小胞」と呼ばれる、細胞の外に小さな袋(小胞)として出て行く部分のみです。骨芽細胞本体の細胞内液のカルシウムの量は他の細胞と同じようにほとんど0に近いのです。
このほとんど0状態を維持するために、細胞にはカルシウムを細胞の外に汲み出す仕組みである「カルシウムポンプ」と、細胞内カルシウムを効率よく取り込む細胞内組織である「ミトコンドリア」と「小胞体」が組み込まれているのです(図1)。これらの仕組みの働きで、この細胞内液のカルシウム量はほとんど0状態に保たれているのです。
極めて大きな濃度差があるにもかかわらず、カルシウムが細胞内に入り込めないのは、細胞にカルシウムの入り口がないか、入り口になる仕組みがあっても厳重に閉じているからなのです。外部からの刺激に応じて特別な機能を発揮する細胞(筋肉や神経細胞など)の細胞膜には、特別なカルシウムの入り口(チャンネル)が備わっています。このチャンネルは通常は閉じられているのですが、必要な時には一瞬、開きます。この時に細胞の外側と内側の大きな濃度差を利用して、一気にカルシウムが細胞の中に水と一緒に流れ込むのです。細胞内のカルシウム濃度を上昇させる方法には細胞内の小胞体にため込まれたカルシウムを細胞内に放出するという仕組みもあります。
カルシウムは多様なダイナミックな機能に関与する
冒頭で「カルシウムが心臓を動かすばかりではなく、骨格筋の収縮、視覚、嗅覚、聴覚、味覚、さらにホルモンの分泌、脳の情報伝達など、私達の身体のダイナミックな活動を引き起こす中心物質として機能しているのです」と述べましたが、これには条件があります。一つは、心臓や骨格筋のようなダイナミックな筋肉の収縮と、その収縮からの回復に関わる分子が細胞に備わっていること。もう一つは、一気に増えたカルシウムを細胞内から消し去る仕組みがあることです。つまり、上昇したカルシウムがその細胞内に存在するカルシウム依存性の仕組みを活動させ、カルシウムの量が低下する元の静かな状態に戻るという仕組みが備わっていることです。こんなに面倒なカルシウムの働きが私達の身体では当たり前の様に機能しているのです!
今回のコラムでは、細胞の内側と外側ではカルシウムの濃度には極めて大きな差があることをお話ししました。その大きな濃度差が生命にとってどの様な意味を持つのかについては註2に簡単に解説しました。次回はこの大きなカルシウム濃度差が産み出すダイナミックな生命活動について解説してゆきたいと思います。
註1:血液や水に溶けている原子はイオンの状態で存在する
本文では「カルシウム」と述べましたが、血液や水に溶けているカルシウムはイオンの状態になっています。従って、本コラムで登場するカルシウムは正確には「カルシウムイオン」なのです。イオンは原子がプラスかマイナスかの電気を帯びた状態です。カルシウムとマグネシウムはプラスイオンを二つ持った状態でCa2+、Mg2+と表記されます。ナトリウムやカリウムはそれぞれ一つのプラスイオンに帯電しています(Na+, K+)。一方、塩素はマイナスに帯電しており、Cl-と表現されます。水はご存じのようにH2Oと表記される分子です。これは二つのマイナスの電気を持つ酸素イオン(O2-)と一つのプラスの電気を持つ水素イオン(H+)が二つ、プラスとマイナスでくっつき合って安定した水分子を作っているのです。実はH2OはH側にはわずかなプラスの性質が、O側にはわずかなマイナスの性質が残っており、これを使って水同士が互いにくっついた状態になり、さらに高い安定状態を保っているのです。この水にカルシウムが溶けるのは、カルシウムの二つのプラスが大量に存在する水のマイナスの側になじんで安定した状態で存在できるからです。プラスイオンとして存在しているナトリウム、カリウム、マグネシウムもマイナスイオンとして存在する塩素も同じように大量な水が作り出すマイナスとプラスの環境の中で安定した状態で溶けているのです。海水を暖めて、水を蒸発させてしまうと、プラス原子とマイナス原子が直接くっつき合って、結晶を作ります。最も多い結晶がNaCl(食塩)です。当然、この結晶の中にはMgCl2, CaCl2, KClも少量ながら混じり込んでいます。
註2: なぜ、細胞内のカルシウム濃度がほとんど0状態に保たれているか?
細胞の内部にはカルシウムによって活性化される多様な酵素や機能分子が分布しています。しかし、これらの機能分子が皆、同じ濃度のカルシウムで活性化されるわけではありません。非常に微量なカルシウムで活性化される酵素や機能分子から、かなり高濃度になって初めて活性化される機能分子など多種多様です。すなわち、ほとんど0状態に保たれた細胞内ではカルシウム濃度の幅広い変動だけで様々な機能を発揮することができるのです。驚くべき機能です。
図1 細胞外と細胞内のカルシウム分布量は極端に異なる
細胞外液のカルシウム濃度は9~10mg/dLに保たれています。けれど細胞内のカルシウムの濃度は細胞外の一万分の1、ほとんどゼロです。細胞内に水と共に流入したカルシウムはカルシウムポンプで細胞外に汲み出されるか、細胞内組織である小胞体に汲み込まれます。また、ミトコンドリアの内側の膜に発現するミトコンドリア・カルシウム・ユニポーター(MCU)によってとりこまれます(青枠)。一部は核にも取り込まれます。一方、細胞は細胞内のカルシウム濃度を様々なレベルに上昇させることで、多様な機能を発揮しています(赤枠)。そのためには細胞膜に発現するカルシウムチャンネル(①)を開口して、一気に多量のカルシウムを上昇させることができます。一方で、細胞内の小胞体に発現する特別な仕組み(②)が活性化され、刺激に応じた量のカルシウムを細胞内に放出することもできます。なにしろ、殆どゼロの状態のところに放出されるのですから、放出されたカルシウムの量によって細胞内のカルシウム濃度は大きく変わります。このようにしてカルシウムが上昇した部位や放出されたカルシウムの濃度に応じて、多様なカルシウム依存性機能分子が活性化され、目的とする機能が発揮されるのです。
用語解説:
「細胞外液」:細胞の外側を被う液体(リンゲル液と似た成分)細胞の外部環境
「細胞内液」:細胞の内側に満たされる液体(リンゲル液とは異なった成分)多様な機 能タンパク質、遺伝子成分(核酸)などが含まれている。
「膠質浸透圧」:血管内に水分を留める力、本文にもありますが、血中にアルブミンという大きなタンパク質が存在する(溶けている)だけで、血液内と血管の外(組織)の水の量を一定に保つことができる仕組みのことです。
「基質小胞」:コラム骨を造る細胞、骨芽細胞の力強い働きで詳しく説明しましたが、骨芽細胞が骨を作るときに、細胞の表面の一部を小さな袋状にして、細胞外に送り出します。この小さな袋状の組織(小胞)を「基質小胞」と呼びます。また、この基質小胞にはカルシウムを通すことができるチャンネル(カルシウムイオンチャンネル)が発現しています。作られた小胞の内液のカルシウム濃度はほぼゼロですから、細胞外に送り出されると、細胞外液に溶けているカルシウムがこのカルシウムイオンチャンネルを通って、自然に流れ込んできます。流れ込んだカルシウムイオンは互いにくっつき合って、ヒドロキシアパタイトという結晶とつくりますので、細胞内の水に溶けているカルシウムイオンはいつも少ない状態にあります。そのため、この小胞にはどんどんカルシウムが入ってきて、ヒドロキシアパタイトを造り続け、やがてパンクしてしまいます。これが骨の原料になります。
「ミトコンドリア・カルシウム・ユニポーター(MCU)」:ミトコンドリアは細胞内で外膜と内膜の二種の膜を持っています。外膜は細胞液に接していますが、とてもルーズな膜で、カルシウムイオンなど多くの物質が通ることができます。それに対して、内膜は普通の細胞の膜のようにしっかりした膜です。この膜に発現しているのがMCUで、細胞内のカルシウムをどんどん取り込みます。今回のコラムでも解説しましたが、細胞内液のカルシウム量はゼロに近いので、ミトコンドリアはこのMCUを使って、細胞内のカルシウムを一方的に取り込みます。このカルシウムはミトコンドリアの機能発現に必須です。この分子はとても複雑な構造です。一般名が「ミトコンドリア・カルシウム・ユニポーター:MCU」なのです。
まとめ
- カルシウムは骨の材料にとどまらず、心臓の拍動から感覚、ホルモン分泌まで生命活動を引き起こす「生命の引き金」である。
- 細胞の外側は9〜10mg/dLに保たれる一方、内側はその1万分の1以下というほぼゼロの状態がポンプなどにより維持されている。
- 必要な時にチャンネルが開きこの濃度差を利用してカルシウムが流入することで、多様な機能分子が活性化され目的の働きが発揮される。
監修
工藤佳久 先生
1964:名古屋市立大学・薬学部卒
1964-1968:興和株式会社東京研究所勤務(名古屋市立大学、和歌山医科大学、大阪市立大学・医学部へ国内留学)
1968-1978:名古屋市立大学 薬学部 助手、講師、助教授
1978-1995:三菱化学(三菱化成)生命科学研究所 主任研究員、脳神経薬理学研究室・室長、脳神経科学部・部長
1995-2005:東京薬科大学・生命科学部 教授
2003-2007:特定領域研究「神経グリア回路網」総括班長
【著書】「神経生物学入門」 (朝倉書店、2001年)、「神経薬理学入門」(朝倉書店、2003年)、「生命学がわかる」工藤・都筑共著(技術評論社、2008年)「改訂版 もっとよくわかる!脳神経科学」(羊土社2019)など