動けるのはカルシウムのおかげー運動機能を支える見えない主役

脳から筋肉へ、うごきの命令が届くまで

骨はどのようにして造られるのか 後編で述べたように人間は200個を超す様々な形の骨組織を、700近い多様な筋肉でつなぎ合わせた構造体です。意識的にいくつかの筋肉を縮ませたり、弛ませたりすることで、力強く、正確で、柔軟な動きをすることができます。また、無意識に必要な筋肉をコントロールして立っていることもできます。意識、無意識に関わらず、筋肉を収縮させるための信号は脳から発信されていることはよく知られています。しかし、その信号の実態や筋肉を収縮させる仕組みについてはそれほど広くは知られていないと思います。今回は脳から発信される信号とその信号が筋肉を収縮させるまでの仕組みについて説明します。実はカルシウムは神経線維から筋肉への情報伝達にも、情報を受けた筋肉を収縮させる仕組みにも重要な役割を果たしています。

命令を運ぶ「運動神経細胞」のかたち

図1は脳からの信号を筋肉に伝えるための運動神経細胞の模式図(脳から一番遠い足の親指を曲げろとの命令が出た場合)です。この運動神経細胞は脳の一部である脊髄に分布しています。神経細胞の特徴の一つは細胞から沢山の「突起」が出ていることです。まるで木の枝のようなので、「樹状突起」と呼ばれます。この部位は他の神経細胞から情報を受けるためのアンテナのような役割をします。そして、もう一つの特徴は図1に示すように神経細胞から一本だけ細く、突起と比べるとやたらに長い組織(神経線維)を伸ばしていることです。これは情報の伝達に使われます。図1に示したように、脊髄に分布する運動神経細胞から筋肉へと伸ばされる「神経線維」は脳組織から離れた目的の筋肉に届きます。ここで、神経線維の先端は数100から2000本に枝分かれし、それぞれ筋肉の収縮を担う筋細胞に張り付きます。これによって目的の筋肉全体を一気に収縮させることができます。もう一つ重要なことはこの収縮は信号が途絶えるとすぐに弛んでしまうことです。収縮を続けるには信号を送り続ける必要があるのです。

電線ではないのに、速い情報伝達ができるのはなぜ? ― 跳びはねる「動物電気」 

では貴方も試しに足の親指を動かしてみて下さい。動かそうとすれば、まったく遅れることなく動きますね。運動神経細胞から足の親指に向けて伸びている運動神経線維は1メートル近くもの長さがありますが、その長距離にもかかわらず信号が必要十分な速度で足指の筋肉に届けられている証拠です。これはまるで電気機器に使われている電線と同じ様にみえますね。でも考えてみてください、運動神経線維はとても細く、電気配線に使われる銅線とは素材が全く違います。細胞膜が造るごく細いパイプです。中には細胞内液と同じ成分しか入っていません。電気の性質から考えて、この神経線維では電気信号を電流の形で目的地まで流すことは不可能です。実はこの仕組みには私たちが日常使っている電気とは全く異なった電気が使われているのです。「動物電気」とか「生物電気」とか呼ばれる電気です。神経の電気信号は神経線維の表面をピョンピョンと跳ぶように移動します(図1;註1:参照)。この「動物電気」が発見されたのは18世紀末ですが、その仕組みが完全に解明されるには20世紀の半ばまでの研究者の努力と年月が必要でした。

神経線維から筋肉へのバトンタッチ ― カルシウムは引き金

神経線維の終末に電気信号が到達した後、その信号はどのようにして筋肉に伝えられるのでしょうか。蛙の脚の筋肉に神経線維を付けた状態で取り出して、リンゲル液に入れておき、その神経を電気刺激すると筋肉はピクッと動きます。しかし、このリンゲル液のカルシウムを除くと、刺激を与えても反応しなくなります。再びカルシウムを加えると、同じように動くようになります。このように、神経と筋肉の間にはカルシウムが関わる仕組みがあることは早くに予測されました。しかし、そのメカニズムの解明は容易ではなかったのです。最初に神経の終末部から特別な物質(神経伝達物質:アセチルコリンと呼ばれる分子)が分泌されることが発見されます。さらに、電子顕微鏡によってその神経伝達物質をため込む小さな袋(小胞)が神経軸索の終末部に分布することが明らかにされました。ほぼ同時期に、その物質に反応する仕組み(神経伝達物質受容体)が筋肉に発現していることも明らかにされました。そして、20世紀後半から発展した分子生物学のお陰で、21世紀初めに、やっとカルシウムによる小胞からの伝達物質放出に関わる分子メカニズムが解明されたのです(図2)。

筋肉を縮ませる、二段構えのカルシウム放出装置

筋肉にぎっしりと配置されている筋線維には神経伝達物質受容体と呼ばれる装置が分布しています。この装置に神経終末から遊離された神経伝達物質が作用すると、筋線維には神経線維と同じように電気が発生し、長い筋線維全体に広がります(図1参照)。すると、筋線維の表面に発現している「電位依存性カルシウムチャンネル」(電位の変化によって、活性化されるチャンネル)が一斉に開き、細胞内にカルシウムが流れ込みます。研究者達は長い間、このカルシウムが筋肉を収縮させると考えていました。しかし、さらに重要な仕組みがあることが発見されました。分厚く、長さもある筋肉の収縮には神経からの情報によって細胞内に入りこんだカルシウムだけでは足りないのです。そのため、筋線維はこれまでも登場した細胞内カルシウム貯蔵組織「小胞体」と同じ仕組みの筋肉用のカルシウム貯蔵組織、「筋小胞体」を発達させていたのです。この組織はさらに沢山のカルシウムをため込むために利用されているのです。この筋小胞体には周囲のカルシウム量が増えると開く「カルシウム依存性カルシウムイオンチャンネル」が発現しているのです。この二段構えのカルシウムシステムで筋線維内のカルシウム量は一気に広範囲に高まります。このカルシウムは筋線維に分布する収縮抑制分子と結合します。その結果、収縮抑制作用が失われて筋肉が一斉に収縮します。小胞体は外側のカルシウムが無くなるとすぐにカルシウムの放出を止めてしまい、逆に再びカルシウムを取り込みはじめます。すると筋線維の中のカルシウムは急速に減少し、筋肉は弛緩します。つまり、筋肉を収縮させた状態に保つには、その間連続的に神経からの信号を受けなければなりません。

気楽に足の指を動かしてみたのですが、筋肉を収縮させたり、緩めたりするにはこんなに激しいカルシウムの活動が必要だったのです。

註1 運動神経線維を「電気が流れるようにみえる」仕組みをもう少し詳しく

本文に述べたように電流は神経線維の中を流れるのではありません。神経細胞が脳からの信号を受けて、神経軸索に豊富に分布している「電位依存性ナトリウムイオンチャンネル」を一瞬だけれど次々に開かせます(図1)。そうすると、プラスイオンであるナトリウムが細胞内に一瞬に流れこみ、その部位の細胞内のマイナスの状態に保たれていた電位は一瞬だけ逆転してプラスになります(図1)。

一度開いた後、閉じたチャンネルはごく僅かの間、開くことができないので、この一瞬の電気反応は筋肉方向に向かって連続的に生じます。さらに、図2の神経線維に何だかシールのような物体が巻き付いているものと、巻き付いていないものがあることに注目して下さい。

巻き付いている物体は特別な細胞(グリア細胞の一種)の一部です。規則正しく巻き付いているので、電気はこの部位を通り越した場所のナトリウムイオンチャンネルを開かせます。まるでぴょんぴょんと跳んでいるようなので、跳躍伝導と呼ばれます。新幹線と同じくらいの速さで移動します。運動神経は速さが必要ですからこの方式を使っていますが、図2に示すようにのんびりと情報をつたえるものもあります。後にお話しする感覚神経の一部にはこのような仕組みを持たない神経線維をつかっているものも少なくありません。

まとめ

  • 脳からの命令は電気信号となって神経線維をすばやく伝わり、遠く離れた足の指まで届きます。
  • カルシウムが神経伝達物質の放出を促し、神経から筋肉へ信号をつなぎます。
  • 筋肉は、二段構えで細胞内のカルシウムが一気に増えると縮み、カルシウムが回収されると弛みます。

監修

工藤佳久 先生

1964:名古屋市立大学・薬学部卒 
1964-1968:興和株式会社東京研究所勤務(名古屋市立大学、和歌山医科大学、大阪市立大学・医学部へ国内留学) 
1968-1978:名古屋市立大学 薬学部 助手、講師、助教授 
1978-1995:三菱化学(三菱化成)生命科学研究所 主任研究員、脳神経薬理学研究室・室長、脳神経科学部・部長 
1995-2005:東京薬科大学・生命科学部 教授 
2003-2007:特定領域研究「神経グリア回路網」総括班長
【著書】「神経生物学入門」 (朝倉書店、2001年)、「神経薬理学入門」(朝倉書店、2003年)、「生命学がわかる」工藤・都筑共著(技術評論社、2008年)「改訂版 もっとよくわかる!脳神経科学」(羊土社2019)など